再開します

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商売にとって最も大切なのは、決断だ。

「商売にとって最も大切なのは、決断だ。たとえ一時は損失を受けると分かっていても、見切りをつけることが、後になって大きな損失を受けるよりもましだ」          宗竺居士(高利)家訓 ... 続きを読む


商売を怠らずひたすら稼ぐことが、この世の勤めである。

 「人は少しでも金のある時に、財産を増やすことを心掛け、商売を怠らずひたすら稼ぐことが、この世の勤めである。  金のある時は油断して、欲しいものを買い、派手にしたい放題のことをして、たちまち財産を遣い果たし、その時になって慌てふためき、嘆いてももはや商売の手立てもなく、倹約すへき財産もなくなっている... 続きを読む


お客様、お得意様は商人にとっては、生きた福の神

「お客様、お得意様は商人にとっては、生きた福の神なのだ。だから、お客様やお得意様がいらした時には、ありがたく大切にするのはもちろん、そのお陰を忘れないために、掛地にお名前を書いて、毎日拝むことによって神様のお加護もあるものだ」             「富貴の地基」... 続きを読む


商売は的のようなものだ。ちゃんと準備し、体制を整えれば当たらないということはない。

「商売は的のようなものだ。ちゃんと準備し、体制を整えれば当たらないということはない。商売には、これが限界だということはない。よく働けば繁盛し、やり方が悪ければ商売は駄目になる」         三井高平「宗竺居士家訓」  ... 続きを読む


山本山 家訓

「昔から、お茶、お茶道具の商いをしてきたが、日増しに繁盛してきた。これはみなお客様のお陰であり、ありがたいことだ。 品物をよく吟味し、値段なども間違いのないよう差し上げ、お客様が来店されたら、たとえどなた様の用事をしていても、すぐにご挨拶するように。  もし、どうしても手が離せない時には、他の人に伝... 続きを読む


囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ

「宗寿(高利)が言われるには、囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ。」              三井高治「商売記」... 続きを読む


商人の心得としては、まず小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ。

「商人の心得としては、まず小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ。それと言うのも、商家はどこからも年貢は上がってこないのだから、たとえ僅かな売り上げでも、それが一家を支えとなっているからだ」 白木屋番頭・独慎俗語 ... 続きを読む


「天は偽りを許さない」

「天は偽りを許さない」 角倉素庵「舟中規約」... 続きを読む


家が栄えるのは三代目まで

家が栄えるのは三代目まで 「家が栄えるのは三代目までというように、家訓を一緒懸命に、誠実に善行を尽くしていかなければ、不滅の繁栄を続けることは難しい」 中井家家法・和合寿福講... 続きを読む


慎み深い態度をとり、驕らなければ、自然に天の助けを得るものである

 慎み深い態度をとり、驕らなければ、自然に天の助けを得るものである 「裕福になっても、ますます謙虚な気持を持ち、他人は自分より賢いと思わなければいけない。人には恭しく、自分の行いは慎み深い態度をとり、驕らなければ、自然に天の助けを得るものである」 中村家二代目・中村治兵衛宗岸家訓... 続きを読む


時間を無駄にしないことが神仏のご加護を受ける道である

時間を無駄にしないことが神仏のご加護を受ける道である 「店の仕事が手すきの時は、それぞれに手仕事をして、何もしないでいることのないようにすること。時間を無駄にしないことが神仏のご加護を受ける道である」 中井家家法・掟目... 続きを読む


商売には、少しの油断もなく精を出して励むこと

商売には、少しの油断もなく精を出して励むこと 「不景気だから赤字になったなどというが、怠けた結果なのだ。 どんな時にも油断せずに仕事に精を出すことが肝心だ」 中井家家法・掟目 ... 続きを読む


銭屋五兵衛 4 世人の信を受くべし

江戸時代は、「士農工商」の身分制度が確立していた時代である。また、商人が力をつけ、武士や農民が衰えていく歴史でもある。だが、世の中を支配していたのは武士階級である。 そのような背景の中で、武士により「食い物」にされた豪商は枚挙に暇がない。 武士と商人の関係を赤裸々に綴ったのが三井の三代目・... 続きを読む


銭屋五兵衛 3 北前船(きたまえぶね)

江戸時代中期から、日本海を往来した廻船を北陸では、バイセンと言っていた。文書には、外海船・弁才船と書かれているが、瀬戸内ではこの船を北前船と呼んでいた。北海道や日本海沿岸の国々へ商品や塩・砂糖などを積み降ろし、それらの国から水産物・米・木材などを積み上げていたからである。  北前船は、太平洋方... 続きを読む


銭屋五兵衛 2 御手船裁許(おてふねさいきょ)

加賀前田家の始祖は、前田利家である。前田藩は、加賀・越中・能登の三州を領有。その禄高102万5000石は、普代・外様を通じて最大であり、廃藩までその地位を保ち続けた「名門」である。 しかし、その台所事情は、常に逼迫していた。なぜなら、徳川幕府は加賀藩に対して、どこよりも高い御用金を申し付けた... 続きを読む


銭屋五兵衛 1 「海の百万石」

・ 「銭屋五兵衛」ほど評価の分かれる豪商も少ない。 ・ 「加賀百万石」にならい「海の百万石」と謳われ、現在の金に換算し、1兆円を超す莫大な御用金を加賀藩に上納し続けた銭屋五兵衛だが、最後はすべての財産を没収され、牢獄の中で亡くなった。 ・ 江戸後期の商人、海運業者で、銭五と呼ばれた。代々金沢で両替商... 続きを読む


インタビュー記事

百貨店の原点は江戸時代の呉服屋 顧客満足経営の元祖 三井高利 -江戸商人に興味を持ったきっかけは何ですか。 茂木 近江商人の発祥の地である滋賀県が、[あきんどフォーラム]を開催した時に、「21世紀を切り拓くAKINDOの条件」というテーマで論文を募集した。 AKINDO(あきんど)ということで、江戸... 続きを読む


江戸時代における大名と豪商の関係

 未曾有の不況に喘いでいる日本の姿は、江戸時代と重なって見えるところが少なくない。江戸時代と一口に言っても、その270年の歴史は一様ではない。 成長を続けたのは、元禄時代をピークにした前半の約百年間だけである。「享保の改革」を境に成熟期に入り、田沼時代に殖産振興を試みるが挫折。  さらに「寛政の改革... 続きを読む


毎日、僅かな時間でも神仏を拝むように

毎日、僅かな時間でも神仏を拝むように 「毎日、僅かな時間でも神仏を拝むように。各人が思い付く仏様の名を、一度でもいいから唱えること。このような信心の心がなければ、人間の皮を着た動物のようなものだ」 松坂屋 伊藤次郎左衛門... 続きを読む


朝早く起きること

朝早く起きること 「普段から世間の人々より、朝早く起きること。商家が世間並みに起きていたのでは、間に合わない。特にお盆と暮れには、出来るだけ早起きをするように」 「伊藤呉服店」(松坂屋)家訓... 続きを読む


商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ

商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ 「宗寿(高利)が言われるには、囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ。  昼も夜も一生懸命に商売に励めば、その規模は一日一日大きくなり、業績も上がるもので、これが楽しみの第一だ。  商売に昼も夜もなく取り組めば... 続きを読む


勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす

勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす 「勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす。勤倹に励み、奢りを慎むことこそが、一族繁栄と子孫永遠の幸福の基である」 三井高平... 続きを読む


商売にとって最も大切なのは、決断だ

「商売にとって最も大切なのは、決断だ」 商売にとって最も大切なのは、決断だ。たとえ一時は損失を受けると分かっていても、切りをつけることが、後になって大きな損失を受けるよりもましだ。  宗竺遺訓 ... 続きを読む


貧富に寄って、人を上下することは最も戒むべきことなり

「貧富に寄って、人を上下することは最も戒むべきことなり」 徳は本なり、財は末なり。本末を誤ることなかれ。 貧富に寄って、人を上下することは最も戒むべきことなり。 茂木家家憲(キッコーマン)... 続きを読む


派手な商売は、一切無用

「派手な商売は、一切無用」 派手な商売は、一切無用店で商品を仕入れる時は、すべてよく吟味して、本当に確かでいい物だけを仕入れ、販売すること。   追記・不正な商品や粗悪品を扱ってはいけない。また暴利を願ってはならない。 一、お客様に対しては、商品はもちろんすべてに誠実第一である。 一、少ししか買わな... 続きを読む


お客様こそが、毎日の命を繋いでくれているのだから

「お客様こそが、毎日の命を繋いでくれているのだから」 お客様こそが、毎日の命を繋いでくれているのだから、僅かしか買わないお客様でも自分の命を養って下さるのだと感謝すれば、お客様を粗末に扱ったり、不作法なことをなくなり、お客様の印象もよく、良い評判を広めて貰えるものだ。 だから、お客様に対しては、買い... 続きを読む


こうしたことは、自分のことを振り返って見れば分かることだ

「こうしたことは、自分のことを振り返って見れば分かることだ」 ところが、とかく目の前のことにばかり気を取られるから、第一に売り上げの少ないお客様を侮り、第二にお使いに来た女性、子供を見下すから客扱いが粗末になるのだ。 こうしたことは、自分のことを振り返って見れば分かることだ。買い物に行った時に、たく... 続きを読む


命を養うもとはお客様なのだから、そのご恩をよく心得ておくように

「命を養うもとはお客様なのだから、そのご恩をよく心得ておくように」 人間にとって命ほど大切なものはない。命がなければ、なにを望んでも仕方のないことであり、立身出世も何の役にも立たないのだ。この命を養うもとはお客様なのだから、そのご恩をよく心得ておくように。 金額の多寡で差別などしてはいけない。世間の... 続きを読む


小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ

「小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ」 商売の道は、商いの多寡にはよらないとは言いながら、大口のお客様には自然と熱意がこもり、注意するから失敗も少ないが、小口のお客様にはともすると粗末な扱いをしがちである。 商人の心得としては、まず小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ。それと言うのも、商家... 続きを読む


飯田新七 高島屋創業の店是

一、正札 一、正道 一、平等の待遇  飯田新七 高島屋創業の店是 ... 続きを読む


白木屋・享保定法

商人の販売に当たっては、地元、地方を問わず取引先を大切にすること。 とりわけ少ししか買わないお客様には丁寧にしなければいけない。 大口のお客様は自然と大切にするものだが、買い上げの多寡に関わらずお客様を大切にしなさい。 お帰りの時には店の出口まで出て、腰を低くしてご挨拶をすれば、また買いに来て下さる... 続きを読む


富貴の地基

お客様、お得意様は商人にとっては、生きた福の神なのだ。 だから、お客様やお得意様がいらした時には、ありがたく大切にするのはもちろん、そのお陰を忘れないために、掛地にお名前を書いて、毎日拝むことによって神様のお加護もあるものだ。 富貴の地基... 続きを読む


山本山・家訓

昔から、お茶、お茶道具の商いをしてきたが、日増しに繁盛してきた。 これはみなお客様のお陰であり、ありがたいことだ。 山本山・家訓... 続きを読む


お客様が店に来られたら、すぐにご挨拶をすること。

お客様が店に来られたら、すぐにご挨拶をすること。 身分に関係なく丁寧に。 買い上げの多寡に関わらず、失礼のないように対応すること。 伊藤呉服店(松坂屋)家訓... 続きを読む


普段の心掛けが悪ければ、他の店に商いを奪われてしまう。

普段の心掛けが悪ければ、他の店に商いを奪われてしまう。 これは戦いの原則だ。 三井高平・宗竺遺訓... 続きを読む


三井家訓・遺言

三井家訓・遺言 商売に限界はない。よく働けば繁盛し、やり方が悪ければ駄目になる 三井高平「... 続きを読む


「遠国の田舎者、女童も値切らずに買って喜ぶ正札商法」

・越後屋の「店先(たなさき)売」商法は、江戸のまちで評判となった。しかし、老舗の呉服屋にしてみればアウトサイダーであり、脅威だった。このまま越後屋の人気が高まれば、店が危ないという危機感を持った老舗は、さまざまな方法で 越後屋を潰しに掛かった。                            ... 続きを読む


江戸時代 豪商年譜

江戸時代 豪商年譜 1539年(天文 8年) 島井宗室 誕生 1543年(天文12年) 鉄砲伝来 1549年(天文18年) キリスト教の... 続きを読む


商売に限界はない。よく働けば繁盛し、やり方が悪ければ駄目になる(三井高平「宗竺居士家訓」)

・越後屋は、使用人が地方の呉服屋を行商して歩く「諸国商人売り」で、商いの基盤をつくった。卸売であり、利は薄かったが、呉服屋が相手だから品物の動きがいいから、利益の額は大きかった。高利は「諸国商人売り」で「薄利多売」商法のコツを掴んだ。 ・次に打ち出したのが、「店先(たなさき)売」である。店に品物を並... 続きを読む


「大商人の手本である」井原西鶴

・江戸時代は約270年間続いたが、その間に多くの豪商が誕生している。 ・「豪商」とは「富豪の商人。財力豊かな大商人」(広辞苑)である。だが、豪商の多くは「長者に二代なし」と言われた ように、一代で没落してしまった。 ・その中で、「松坂屋」「大丸」「高島屋」「山本山」「西川」など今日まで、「老舗」とし... 続きを読む


儲けだけを追う商いは、店を潰す

 利だけを追う商いを強く戒めているのは、三井高利の長男・三井高平である。隠居後、宗竺と称し「宗竺遺書」を残したが、越後屋の繁盛している理由を、  「現金掛値なしの商いをしているが、お客様が私どもの店は正直だということで買って下さり、日を追うごとに繁盛していくのはありがたいことだ。これは品物を安く仕入... 続きを読む


これからも輝き続けるために

 バブル崩壊後、日本は政治も行政も大きな曲がり角に立たされ「改革」 を余儀なくされています。それは、企業・商店の経営にとっても例外ではありません。  戦後、日本は世界の国々から「驚異」と賞賛された経済復興を実現し、世界でも有 数の経済大国になりました。しかし、その一方では「エコノミックアニマル」だ... 続きを読む


「買い占めや相場はしてはならない」 二代目 中井源左衛門

 バブルが崩壊し、まだ日本の株式市場は低迷を続けている。もう遠い時代の悪夢のようにも思えるが、その時に多くの企業・経営者は株や不動産の売買、つまり相場で儲けようとした。  確かに、バブルが崩壊するまでは、相場で大儲けした企業も経営者もあった。その時の風潮として、本業だけにかじりついているのは無能であ... 続きを読む


豪商暦

豪商暦 1日 始末 算用 才覚 江戸時代商いの三法 ... 続きを読む


「実に珍しい人物だ」  塚本定次

 勝海舟は「氷川清話」の中で、「江州の塚本定次という男は実に珍しい人物だ」と書いている。     「数万の財産を持っておりながら、自分の身に奉ずることはきわめて薄く、いつも二子のはおりと同じ着物でいて、ちょっと見たところでは、ただの田舎の文盲なおやじとしか思われない」  「しじゅうおれのところへいろ... 続きを読む


「奢れる者かならず久しからず」 松居遊見

 松居遊見は、明和7年(1770年)近江国神崎郡位田村(五個荘)に生まれ、25歳で三代目当主・久左衛門を襲名した。遊見は法名。屋号は「星久」。  「出精専一之事、無事是貴人、一心、端心、正直、勤行、陰徳、不奢不貧是大黒」の家訓で知られる松居久右衛門の分家である。  位田村の庄屋が書いた記録によると、... 続きを読む


「自利利他は古来の家風なり」 飯田新七

 高島屋は、天保2年(1831年)、京都烏丸通り松原上ル薬師前町西側で「たかしまや」として開店した。  創業者・飯田新七(1803年~1874年)は、創業に当たり、 一、正札 二、正道 三、平等の待遇  の三カ条を店の掟として定めた。 この掟は、第一義 確実なる品を廉価にて販売し、自他の利益を図るべ... 続きを読む


「金持商人一枚起請文」  中井源左衛門

 「長者に二代なし」と言われた江戸時代、その多くは一代で没落した。その一方で、老舗として何代も続いた店も少なくない。なぜ、そのような違いがでたのか。金儲けがうまかったからか、それとも金儲けのためには手段を選ばなかったからなのかー。  その疑問を解いてくれるのが、江戸時代の豪商である。なかでも、伊勢商... 続きを読む


「商家の極意は信用を重んじ内外の好評を得るにあり」 塚本定右衛門(紅屋)

 勝海舟は「氷川清話」の中で、巨万の富を持ちながら自分のことには構わず、世の中のために財産を使い続けた近江商人・塚本定右衛門(紅屋)を、  「田舎にはまだ本気の人がいる。おれの知っている人にもこの種の人が沢山あるが、江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」   と語っている。  勤勉に働くだけで... 続きを読む


「始末第一に、商いに励むより方法はない」 中井源左衛門

金持商人一枚起請文  近江商人の代表的人物である中井源左衛門(享保元年・1716年~文化2年・1805年)は、晩年になり毎年、新年を迎える時に「起請文」を書いた。「起請文」とは、神・仏に対する誓いの言葉である。  今年はこのような考えで商いをするから、神様・仏様どうぞ力を貸して下さいという願いを込め... 続きを読む


人の利するところにおいて、われも利する 伊藤次郎左衛門

 百貨店には、江戸時代に呉服屋として創業した店が少なくない。松坂屋も江戸初期に誕生した古い歴史を誇る百貨店である。  業祖・伊藤源左衛門祐道の父・伊藤蘭丸祐広は、織田信長に仕えた織田三蘭丸の一人である。祐道も信長に仕えたが、「本能寺の変」で主君をなくしてしまう。二君に仕えることを潔しとせず、武士を捨... 続きを読む


長者番付の横綱 紀伊国屋文左衛門

 元禄時代における江戸の長者番付の横綱は「紀伊国屋文左衛門 五十万両」とある。井原西鶴は、自分の才覚で銀五百貫目(八千三百両)以上稼ぎだした金持を「分限者」、千貫目(一万七千両)以上を「長者」と定義しているが、この基準から見ても飛び抜けた豪商だったことが分かる。  五代将軍・綱吉は、「犬公方」と呼ば... 続きを読む


「昔、奈良茂・紀文とて一双の豪夫あり」 奈良屋茂左衛門

 奈良屋茂左衛門は、「昔、奈良茂・紀文とて一双の豪夫ありしは世の知れる所なり」と紀伊国屋文左衛門と共に、並び称された豪商である。  紀伊国屋文左衛門は、上野寛永寺の修復工事を請け負い豪商の座についたが、奈良屋茂左衛門は日光東照宮の修復工事を請け負うことにより、紀文と肩を並べる存在となつた。 天和3年... 続きを読む


お客様のお陰である 山本山 家訓

お客様のお陰である  「昔から、お茶、お茶道具の商いをしてきたが、日増しに繁盛してきた。これはみなお客様のお陰であり、ありがたいことだ。 品物をよく吟味し、値段なども間違いのないよう差し上げ、お客様が来店されたら、たとえどなた様の用事をしていても、すぐにご挨拶するように。  もし、どうしても手が離せ... 続きを読む


お客様には、すぐに、丁寧に、ご挨拶を 伊藤呉服店(松坂屋)家訓

お客様には、すぐに、丁寧に、ご挨拶を  「お客様が店に来られたら、すぐにご挨拶をすること。身分に関係なく丁寧に。買い上げの多寡に関わらず、失礼のないように対応すること。お茶、煙草などにも気を配ること」  伊藤呉服店(松坂屋)家訓... 続きを読む


「京の三大長者」 角倉素庵

 江戸時代初期、京都では「京の三大長者」と謳われた角倉・茶屋・後藤の三家を織り込んだ、次のような俗謡がうたわれていた。  「茶屋のべべ着て、後藤の駕籠で、花の咲いたる嵐山、角倉船に乗りながら、主と一緒に見てみたい」  茶屋とは、若くして徳川家康に登用され戦略物資の調達、その後将軍家御用達となり朱印船... 続きを読む


出精専一之事  松居久左衛門 家訓

出精専一之事 「出精専一之事、無事是貴人、一心、端心、正直、勤行、陰徳、不奢不貧是大黒」  松居久左衛門 家訓... 続きを読む


もったいない、罰の当たる話 若狭屋太郎兵衛 掟書

もったいない、罰の当たる話  「墨商売は、先祖代々大切に続けてきたものである。しかし、最初から手広く商いをしていた訳ではない。僅かな資金で開業し、さまざまな人の世話になり、繁盛するようになったのだ。  それを、子孫の代になって贅沢になり、この商売は体が黒くなるとか、職人の世話が面倒だとか、この商売に... 続きを読む


勤倹に励み、奢りを慎む 三井高平

勤倹に励み、奢りを慎む  「勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす。勤倹に励み、奢りを慎むことこそが、一族繁栄と子孫永遠の幸福の基である」 三井高平... 続きを読む


商売に励めば、業績も上がる 三井高治「商売記」

商売に励めば、業績も上がる  「宗寿(高利)が言われるには、囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ。  昼も夜も一生懸命に商売に励めば、その規模は一日一日大きくなり、業績も上がるもので、これが楽しみの第一だ。  商売に昼も夜もなく取り組めば、さまざまな面白いこと... 続きを読む


早起きをするように 「伊藤呉服店」(松坂屋)家訓

早起きをするように   「普段から世間の人々より、朝早く起きること。商家が世間並みに起きていたのでは、間に合わない。特にお盆と暮れには、出来るだけ早起きをするように」 「伊藤呉服店」(松坂屋)家訓... 続きを読む


信心の心がなければ、動物のようなものだ 松坂屋 伊藤次郎左衛門

信心の心がなければ、動物のようなものだ  「毎日、僅かな時間でも神仏を拝むように。各人が思い付く仏様の名を、一度でもいいから唱えること。このような信心の心がなければ、人間の皮を着た動物のようなものだ」 松坂屋 伊藤次郎左衛門... 続きを読む


自分は先祖の手代である 伴蒿蹊「主従心得草」

自分は先祖の手代である、と心得よ  「この家は、先祖が苦労して築き上げたものである。そのお陰で、相応の財産もあり、妻子も何の心配もなく生活でき、衣服に不自由することもなく、使用人も大勢使っている」  「先祖の位牌は、先祖が生きておられるのだと心得て、その心に適うように身を慎み、家を大切に守らなければ... 続きを読む


先祖への感謝 鴻池家訓

先祖への感謝  「久宝寺屋敷は、ご先祖様がお住まいになった所であるから、特に大切に考えて、ご先祖の年忌ごと、月々の法事などは、この屋敷で怠らずに必ず勤めること。このことは、すべての手代も心得ておくように」  「すべての手代に申しつけてある神文 (神様への誓約の文書)を益々大切に守ること。この誓約書の... 続きを読む


「金持商人一枚起請文」 中井源左衛門

金持商人一枚起請文  「金持ちになることができるのは、運がいいからと世間では言うが、そうではない。始末して一生懸命に働くことである。 ただし始末とけちとは違う。一代で金持ちになることは難しいから、ひたすら陰徳を積みなさい。そうすれば二代、三代と続き、家運は隆盛を保つことができるものだ」    中井源... 続きを読む


奢るなかれ 茂木正雄

 バブル景気が崩壊し、私たちが改めて認識させられたことがあります。  それは、どんな大企業でも、また名門・老舗といわれるところでも、お客様がその企業・お店の商品やサービスを利用しなくなったら、たちまち経営はおかしくなってしまうということです。  先日、ある雑誌社から「銘菓」で知られた老舗の和議申請に... 続きを読む


江戸時代の豪商に学ぶ近江商人と伊勢商人 茂木正雄

日本人はエコノミックアニマルか?  戦後50年足らずで、世界で有数の経済大国になった日本は、世界の国々から「脅威の復興」と賞賛された。   しかし、その一方で、ヨーロッパの先進国からは、「自然や環境を破壊し、伝統や文化も犠牲にして経済的な繁栄を手にしたエコノミックアニマルだ」と非難された。  日本の... 続きを読む


若狭屋太郎兵衛 掟書

罰の当たる話  「墨商売は、先祖代々大切に続けてきたものである。しかし、最初から手広く商いをしていた訳ではない。僅かな資金で開業し、さまざまな人の世話になり、繁盛するようになったのだ。  それを、子孫の代になって贅沢になり、この商売は体が黒くなるとか、職人の世話が面倒だとか、この商売には飽きたなどと... 続きを読む


松居久左衛門 家訓

出精専一之事  「出精専一之事、無事是貴人、一心、端心、正直、勤行、陰徳、不奢不貧是大黒」 松居久左衛門 家訓... 続きを読む


三井高平

勤倹に励み、奢りを慎む  「勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす。勤倹に励み、奢りを慎むことこそが、一族繁栄と子孫永遠の幸福の基である」 三井高平... 続きを読む


三井高治「商売記」

商売に励めば、業績も上がる  「宗寿(高利)が言われるには、囲碁、将棋または博打など、商売以外のことに楽しみを求めるのは分別のないことだ。  昼も夜も一生懸命に商売に励めば、その規模は一日一日大きくなり、業績も上がるもので、これが楽しみの第一だ。  商売に昼も夜もなく取り組めば、さまざまな面白いこと... 続きを読む


「伊藤呉服店」(松坂屋)家訓

早起きをするように   「普段から世間の人々より、朝早く起きること。商家が世間並みに起きていたのでは、間に合わない。特にお盆と暮れには、出来るだけ早起きをするように」 「伊藤呉服店」(松坂屋)家訓... 続きを読む


松坂屋 伊藤次郎左衛門

自分は先祖の手代である、と心得よ  「この家は、先祖が苦労して築き上げたものである。そのお陰で、相応の財産もあり、妻子も何の心配もなく生活でき、衣服に不自由することもなく、使用人も大勢使っている」 「先祖の位牌は、先祖が生きておられるのだと心得て、その心に適うように身を慎み、家を大切に守らなければい... 続きを読む


鴻池家訓

 先祖への感謝  「久宝寺屋敷は、ご先祖様がお住まいになった所であるから、特に大切に考えて、ご先祖の年忌ごと、月々の法事などは、この屋敷で怠らずに必ず勤めること。このことは、すべての手代も心得ておくように」        神への誓い  「すべての手代に申しつけてある神文(神様への誓約の文書)を益々大... 続きを読む


茂木家家憲

徳は本なり、財は末なり。本末を誤ることなかれ。貧富に寄って、人を上下することは最も戒むべきことなり。 茂木家家憲... 続きを読む


伊藤次郎左衛門

一、ご法度の趣旨は、堅く守ること。お上よりお触れがあった時には、一家の者によく言い聞かせ、厳しく守るように徹底すること。また、お上の噂などはしないように 慎むこと。  伊藤次郎左衛門 ... 続きを読む


島井宗室遺書

人は少しでも金のある時に、財産を増やすことを心掛け、商売を怠らずひたすら稼ぐことが、この世の勤めである。金のある時は油断して、欲しいものを買い、派手にしたい放題のことをして、たちまち財産を遣い果たし、その時になって慌てふためき、嘆いてももはや商売の手立てもなく、倹約すへき財産もなくなっている。こうな... 続きを読む


二代目・山中兵右衛門・山中家慎

一、店で商品を仕入れる時は、すべてよく吟味して、本当に確かでいい物だけを仕入れ販売すること。   追記・不正な商品や粗悪品を扱ってはいけない。また暴利を願ってはならない。 一、お客様に対しては、商品はもちろんすべてに誠実第一である。 一、少ししか買わないお客様こそ、大切にすること。 一、派手な商売は... 続きを読む


銭屋五兵衛 銭五商訓三カ条

一・世人の信を受くべし 二・機を見るに敏なるべし 三・果敢勇断なるべし 銭屋五兵衛 銭五商訓三カ条... 続きを読む


白木屋番頭・独慎俗語

商売の道は、商いの多寡にはよらないとは言いながら、大口のお客様には自然と熱意がこもり、注意するから失敗も少ないが、小口のお客様にはともすると粗末な扱いをしがちである。商人の心得としては、まず小口のお客様をこそ大切にすることが肝心だ。それと言うのも、商家はどこからも年貢は上がってこないのだから、たとえ... 続きを読む


高島屋・店則

一、確実なる品を廉価にて販売し、自他の利益を図るべし 一、正札掛値なし 一、商品の良否は、明らかに之を顧客に告げ、一点の虚偽あるべからず 一、顧客の待遇を平等にし、苟も貧富貴賤に依りて差等を附すべからず  高島屋・店則... 続きを読む


飯田新七 高島屋創業の店是

一、正札 一、正道 一、平等の待遇 飯田新七 高島屋創業の店是... 続きを読む


白木屋・享保定法

商人の販売に当たっては、地元、地方を問わず取引先を大切にすること。とりわけ少ししか買わないお客様には丁寧にしなければいけない。大口のお客様は自然と大切にするものだが、買い上げの多寡に関わらずお客様を大切にしなさい。お帰りの時には店の出口まで出て、腰を低くしてご挨拶をすれば、また買いに来て下さるものだ... 続きを読む


富貴の地基

お客様、お得意様は商人にとっては、生きた福の神なのだ。だから、お客様やお得意様がいらした時には、ありがたく大切にするのはもちろん、そのお陰を忘れないために、掛地にお名前を書いて、毎日拝むことによって神様のお加護もあるものだ。 富貴の地基... 続きを読む


三井高平・宗竺遺訓

普段の心掛けが悪ければ、他の店に商いを奪われてしまう。これは戦いの原則だ。長い間、弛まずに商売に励み、一族を養い家の中を治め、家業を怠らなければ、その家は栄えるものだ。商売は的のようなものだ。ちゃんと準備し、体制を整えれば当たらないということはない。商売には、これが限界だということはない。よく働けば... 続きを読む


山本山・家訓

昔から、お茶、お茶道具の商いをしてきたが、日増しに繁盛してきた。これはみなお客様のお陰であり、ありがたいことだ。品物をよく吟味し、値段なども間違いのないよう差し上げ、お客様が来店されたら、たとえどなた様の用事をしていても、すぐにご挨拶するように。もし、どうしても手が離せない時には、他の人に伝えて、間... 続きを読む


伊藤呉服店(松坂屋)・家訓

お客様が店に来られたら、すぐにご挨拶をすること。 身分に関係なく丁寧に。 買い上げの多寡に関わらず、失礼のないように対応すること。 お茶、煙草などにも気を配ること 伊藤呉服店(松坂屋)・家訓... 続きを読む


二代目・中井源左衛門

買い占めや相場はしてはならない  「買い溜めや相場などは、いつの時代でもしてはならない。人の不自由や難儀を喜ぶ不実な商いだからだ。たとえこのようなやり方で利益を挙げても、本当の利益とは言えないし、いつまでも続くものではない」 二代目・中井源左衛門... 続きを読む


三井高平

儲けだけを追う商いは、店を潰す  「現金掛値なしの商いをしているが、お客様が私どもの店は正直だということで買って下さり、日を追うごとに繁盛していくのはありがたいことだ。これは品物を安く仕入れ、利を薄くして売る商いをしているからである。  それを店の支配人が考え違いをして、もっと高くしても売れるのでは... 続きを読む


角倉素庵 「舟中規約」

「利とは、道義と一体のもの」  「そもそも貿易の仕事は、有無を通じることによって、他人も自分も利益を得ることができるものだ。他人に損をさせて、自分が儲けるのではない。  利益を共にすることは、利は小さいが、むしろ得るところが大きいものだ。利益を共にすることがなければ、利は大きいように見えても、得るも... 続きを読む


鴻池家家訓

首尾よく相続できるようにして欲しい  「ご先祖から譲り受けた家督を、無事に相続して行かなければ、ご先祖には不幸にあたり、子孫の繁栄もないから、日頃から当主の身持ちについて、書いたり話したりしているのだ。  万一、素行の良くない者が出た時には、世間体も良くなく、残念なことだが、これを許しておいたのでは... 続きを読む


千切屋

よい相続人に家督を譲り家業を永続させる  「主人の身持ちが悪い時は、遠慮なく意見を言うこと。それでも不品行が続き、家業相続の見込みがない時には、千切屋一門、一統、別家、手代に至るまで、すべての人間が集まり協議の上で辞めさせ、よい相続人に家督を譲り、家業を永続させていく」 千切屋... 続きを読む


三井高利 宗竺家訓

一族の子供は、番頭・手代の下で働かせよ  「一族の子供は、一定の年限、他の店員と同一の待遇をして、番頭・手代の下で働かせ、決して主人と同じような待遇をさせてはいけない」  「自分が、その業務に精通していなければ、他の者を統率することはできない。まず、小僧のすることを習熟するまでやらせ、それが出来るよ... 続きを読む


三井高平「宗竺家訓」

有能な者を抜擢する時に、最大の配慮を 「名将の下に弱卒なし。頭のいい者、有能な者を抜擢するのに、最大の配慮をしなさい。下の者から不平や、恨み、嘆きなどが出ないように、注意しなければいけない」                 その長所を活用せよ  「賢明な者、有能な者を選んで昇進させ、その長所を活用せ... 続きを読む


三井高利 開店時の「定」

熱心な者は、新参・古参によらず抜擢せよ 一、古参でも若輩の者は、新参でも年寄りに対して、日頃尊敬しなさい。もっとも新参は古参に対して、敬意を払わなければいけない 一、手代共で油断なく出精する者は、半年ずつ報告し、それが一両年も続いた者には、褒美を取らせなさい。 一、商売に、万事熱心な者は、新参・古参... 続きを読む


「住友総手代勤方心得」

丁稚はまことに大切な者である 一、丁稚の使い方が、甚だまづい。町家にとって、丁稚はまことに大切な者である。長く忠勤を励むように、できるだけ大切にして、読み書き算盤を教え、病気の時には十分に気配りをせよ。 一、手代が病気になった時に、みんなで気を配り看病すること。もし、病人を粗末に扱うようなことがあれ... 続きを読む


千吉商店 家訓

商人は、主従とも友達なのだ  「商人は、主従とも友達なのだ。しかし、主人は奉公人に思いやりを持ち、奉公人は主人を大切にして仕事に励み、店のなかで揉めごのないように心掛けること」 千吉商店 家訓... 続きを読む


角倉素庵「舟中規約」

人間はどこの人も、すべて兄弟である  「人間はどこの人も、すべて兄弟である。ましてや同国人においては、なおさらである。危険な目に遭っていたり、病気になったり、寒さや飢えに苦しんでいる時は、すぐに助け合わなければいけない。 間違っても、自分だけ助かればいいと、その場から逃げるようなことをしてはいけない... 続きを読む


「商いは高利をとらず、正直に良き物を売れ、末は繁盛」 大村彦太郎

 白木屋の創業者・大村彦太郎可全は、寛永13年(1636年)近江長浜村の生れた。早くに父と死に別れ、近くのお寺の法山和尚について学んだ。彦太郎に商才のあることを見抜いた和尚の勧めで、京都で材木商をはじめ、やがて江戸に出た。  寛文2年(1662年)、27才で江戸日本橋通3丁目に新しく小間物店を開業。... 続きを読む


「始末第一に、商いに励むより方法はない」 中井源左衛門

金持商人一枚起請文  近江商人の代表的人物である中井源左衛門(享保元年・1716年~文化2年・1805年)は、晩年になり毎年、新年を迎える時に「起請文」を書いた。「起請文」とは、神・仏に対する誓いの言葉である。  今年はこのような考えで商いをするから、神様・仏様どうぞ力を貸して下さいという願いを込め... 続きを読む


「三法」(普請金・仏事金・用意金)と「三ツ割銀」 七代目・西川利助

 八幡商人の「御三家」と謳われているのが、西川・伴・森である。その筆頭が西川家の初代・仁右衛門は、天文18年(1549年)に近江国蒲生郡南津田村に生まれ、19才でこの地で商売を始めた。今から450年前のことである。  仁右衛門は、さまざまな物を肩に担ぎ、馬や船で荷物を運び、販路を開拓したが、奈良産の... 続きを読む


「事後の行き届いた手当てをして、立つ鳥跡を濁さずということが肝心である」 二代目・小林吟右衛門

 二代目・小林吟右衛門は、寛政12年(1800年)に初代・小林吟右衛門の兄である小林源左衛門の三男・亀吉として、琵琶湖岸に近い愛知川に沿った小田刈村(今の湖東町)に生れた。  湖東地方は八幡、日野と並んで近江商人を輩出している代表的な地域である。初代・吟右衛門は、兄・源左衛門と一緒に麻布の集荷に従事... 続きを読む


「そもそも奢りには二つがある。身の奢りと心の奢りである」 三井高房

 江戸時代、上方では、醸造・海運の鴻池、製銅の住友、呉服の三井が「三大豪福者」と謳われた。なかでも「駿河町両店(越後屋)は、実に日本国一番の商人。これに続く二、三番はない」と称されたのが、越後屋である。    その繁盛ぶりは、「世事見聞録」に、「大店三カ所を持ち、千余人の手代を使い、一日に金二千両の... 続きを読む


「買う者立ち並び客は市の如く」 山本山 山本嘉兵衛

 「山本山」は1690年(元禄三年)、山本嘉兵衛によって創業され煎茶を世に広め、玉露を発明するなど、お茶の普及に大きな足跡を残している老舗である。  山本嘉兵衛は、山城国(京都府南部)宇治山本村から上京、日本橋で和紙とお茶、茶器類などの茶道具を商う「鍵屋」を開業した。鍵屋の繁盛を決定づけた、ある人物... 続きを読む


「奢れる者かならず久しからず」 松居遊見

 松居遊見は、明和7年(1770年)近江国神崎郡位田村(五個荘)に生まれ、幼名を久三郎と言った。文化6年(1809年)、父の死により久左衛門を襲名、25歳で三代目当主となった。遊見は法名である。  「出精専一之事、無事是貴人、一心、端心、正直、勤行、陰徳、不奢不貧是大黒」の家訓で知られる松居久右衛門... 続きを読む


「江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」と勝海舟も一目おいた 塚本定右衛門

塚本定右衛門

 「田舎にはまだ本気の人がいる。おれの知っている人にもこの種の人が沢山あるが、江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」  と、勝海舟が「氷川清話」の中で、称えている塚本定次とは、どんな豪商だったのか。  塚本家は、代々滋賀県神崎郡川並村(五個荘町)に住み、農業の傍ら、布洗業を営んでいた。五個荘商... 続きを読む


最初から手広く商いをしていた訳ではない 若狭屋太郎兵衛 掟書

 若狭屋太郎兵衛は、大阪で薬種屋と墨屋を営んでいた豪商である。初代・太郎兵衛は、20才の時に市内の南九宝寺町に薬屋を開き、31才で家屋敷を構え、手代下人を使うようになり、墨屋を兼業するようになった。  この掟書は、太郎兵衛が安永2年(1773年)に後継者に伝えるべく記したものであり、タイトルの「最初... 続きを読む


「海の百万石」 銭屋五兵衛

銭屋五兵衛

 加賀・金沢を拠点に「海の豪商」「海の百万石」と謳われた銭屋五兵衛。藩に納めた御用金は一兆円超。だが、膨大な財産は藩に没収され、一族は処刑された。なぜこんな最後を終えなければならなかったのかー。  金沢郊外の宮腰で、父の跡を継ぎ醤油、質屋、両替屋を営み、金沢城へ木材や竹を納める御用商人となり、ばい船... 続きを読む


安政の地震と大津波の被災者救援に当たった行動は「稲むらの火」として教科書に。 浜口梧陵

浜口梧陵

 浜口家は、和歌山県有田郡広村(現在の広川町)の名望家である。広村の漁民は、古くから他国の海に出て漁をしていた。西は九州の五島列島、東は房総半島がその舞台だったが、銚子に定住する者が出てきた。  ふるさとの紀州と銚子をつないだのが、醤油である。広村のあたりは醤油の生産が盛んな土地であった。浜口家は、... 続きを読む


「家富み、繁盛して、自分の家の前に橋をかけ淀屋橋と名づけた」 淀屋辰五郎

淀屋辰五郎

 「前代未聞の豪富」(米商日記)と謳われた淀屋の当主・五代目三郎右衛門、通称辰五郎が、町人の分限を超えた奢侈・驕慢を咎められ、闕所(田畑・家屋敷・家財の没収)に処せられたのは、宝永2年(1705年)5月であった。赤穂浪士の討ち入りの3年後のことである。  「屋敷を百間四方に構え、家作の美麗さは比べる... 続きを読む


「本間様には及びもないが」 本間光丘

本間光丘

 「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」とうたわれた酒田の本間家は、江戸中期の豪農であり、豪商である。日本一の大地主でもあった。  本間光丘は、その本間家の三代目であり、「中興の祖」として隆盛の基礎を築いた人物である。「得を施し、得をえる」という哲学に基づき、私財を投じて、河川の治水、飢饉... 続きを読む


「自利利他は古来の家風なり」高島屋 飯田新七

”大変な時代”の創業 京都烏丸通り松原上ル。この地に間口二間ほどの古着綿商「たかしまや」が開店したのは、天保二年(1831年)。「奢侈禁止令」により、庶民の着物は古着・木綿に限られていた時代である。 この年はまた、二宮尊徳が下野国(栃木県)で荒廃した三ヵ村を復興させた年でもある。当時、相次ぐ飢饉や膨... 続きを読む


「先義而後利者栄」 大丸 下村彦右衛門

下村彦右衛門

正直・律義で慈愛深く 「人は正直で慈愛に富むのが第一。衣服や食事のおごりもいけないが、心のおごりが最もいけない。いかに才知に優れていても不義理な人間は役に立たない。まして主人たるものは、正直・律義で慈愛深くなければ多くの人の上には立てない。」 大丸の業祖、下村彦右衛門正啓の遺訓である。併せて「世間で... 続きを読む


「値切らずに買って喜ぶ正札商法」 越後屋 三井高利

三井高利

顧客満足(CS)の追求は、いつの世も商売の原点。本欄では、江戸期に活躍した豪商たちの足跡をたどりながら、先人が実践したCS経営の極意を学んでいきたい。 新参ならではの創造と革新 かつて江戸では「伊勢屋 稲荷に 犬の糞」といわれるほど、伊勢商人の活躍が目覚しかった。その代表的人物が、越後屋の三井高利で... 続きを読む


茂木正雄(もぎ まさお)略歴

茂木正雄

   生まれ: 昭和18年6月8日。北海道 稚内生まれ 学歴: 昭和37年3月 秋田県立角館高校卒業 昭和41年3月 同志社大学経済学部卒業 職歴: 昭和41年4月高級化粧品メーカー(株)アルビオン入社。営業・企画・百貨店・秘書・新規事業(ソニア・リキエルとの提携)・広報部門の管理職を歴任。平成3年... 続きを読む


著書 江戸商人の経営哲学―豪商にみる成熟期の経営

江戸商人の経営哲学―豪商にみる成熟期の経営

江戸商人の経営哲学―豪商にみる成熟期の経営中古価格¥883から(2014/2/13 11:08時点) 茂木正雄【著】 ISBN:4526035211 251p (B6) にっかん書房:日刊工業新聞社 〔1994年4月22日発売〕 江戸時代には成長期はもちろんのこと停滞期においてもさまざまな豪商が輩... 続きを読む


著書 先進11社にみる顧客満足経営

先進11社にみる顧客満足経営 茂木正雄【著】 ISBN:9784526032417 218p 日刊工業新聞社 〔1992年12月1日発売〕 第1章 21世紀への助走顧客満足経営の視点 第2章 顧客満足の源流「顧客満足経営」の元祖・越後屋・三井高利 第3章 顧客満足と経営哲学(社内風土を変えたCS経営... 続きを読む




豪商暦

江戸時代 豪商年譜

顧客満足経営
近江商人は、始末して勤勉に働くだけではなく、「売り手よし、買い手よし、世間によし」の「三方よし」で商いに励み、陰徳を積んだ。これこそが、お客様の満足を追求することにより企業の永続的発展を目ざす「顧客満足(CS)経営」の源流であり、世界に誇ることのできるビジネスモデルである。

CS(顧客満足)経営をテーマに企業・地方自治体で指導。現在は、(社)日本経営協会専任講師、千葉県生涯大学校・統括講師として活動。著書は「先進11社にみる顧客満足経営」「江戸商人の経営哲学」など。

近江商人に学ぶ
「長者に二代なし」と言われた江戸時代、その多くは一代で没落した。その一方で、老舗として何代も続いた店も少なくない。なぜ、そのような違いがでたのか。金儲けがうまかったからなのか、それとも金儲けのためには手段を選ばなかったのか。
その疑問を解いてくれるのが、江戸時代の豪商である。なかでも、伊勢商人とならび称された近江商人の生き方は、私たちに大きな示唆を与えてくれる。

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